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ノンフィクション

物々交換生活

ユニークな存在のkさん

2000年懲りない人々より、、、、

ユニークな存在のkさん
ユニークな存在のkさん

Kさんはいつも作業服をきている。そして長靴にぺしゃんとへこんだ帽子をかぶっている。
その帽子には決まって**農協だの**産業といったネームがはいっている。
私はもう8.9年つきあっているが帽子をかぶっていないKさんを見たことがない。
いつだかいっしょに旅行に行ったとき風呂に入っているKさんを見かける機会があった。
なんとその時でさえ帽子はしっかりと頭の上に乗っかったままだった。
どんな大風の時も土砂降りの雨の時でも帽子はKさんの頭からするりとも離れないのである。
一度あったら忘れる事のない独自のスタンスを決して崩すことのない野山に生きるユニークな人=Kさん。


Kさんとはじめて出会ったのは9年前、私がちょうどこの地に住みはじめた時だった。
当時私は専業農家で米や野菜ずくりの手伝いをしていた。
その時主に農業機械の操作を担当していたのがKさんである。
私はその助手を務めていた。
よく休憩時間に昔話をきかされる。なんでも東京オリンピックの頃東京にいて道路とかビルの基礎工事の仕事をしていたそうである。
当時は高度経済成長のさなか都会は空前の建設ラッシュにわいていた。
Kさんも職人をひきつれ先頭に立って現場作業に奔走していたそうである。
毎晩酒を飲み職人をひきつれて色町に乗り込み身銭をきって派手にあそんでいたそうである。
それがなぜここにいるのかそこまでは深く語ったこともなければこちらからその真相を求めたこともなかった。
Kさんとは私が専業農家の仕事をやめてからもつきあいはつずいていた。
Kさんとは毎年決まった山菜取りの行事があった。車を持っていないため私をよく誘う。
4月は日本海のほうへ行きコゴミ取り、
5月は三水、斑尾、妙高村でワラビ、タラノメ取り、
6月は飯綱、妙高山でタケノコ、イラクサ取り、
7月は山田牧場、万座でタケノコ取り、
8月はその辺で地蜂取り(私は行かない)、
9月は笹ヶ峰でマイタケ取り、ヤブタケ取り、三水で一本しめじ取り、
10月は野の海高原、笹ヶ峰でナメコクリタケ取りにじねんじょ堀、
11月は笹ヶ峰、小谷でナメコ取り、木島平で渋柿取りと行った具合である。
12月から3月までは私は宿の方にかかりっきりになるのでつきあいはない。
「なにしてるの。」と聞いたことがあるが、晴れてあたたかい日だけ外に出て散歩をするが、普段は家の中でほとんど寝てるそうである。
おかげで私はかなり山菜キノコに詳しくなってしまった。
Kさんは目がいい。本人は近眼なのだと言ってはいるが、近くにあるものから遠くのものまで実にすばやく探し当てる。
Kさんの隣で山菜取りしているとKさんのほうがいつも先に見つけるので私に向かって「目の前にあるのにどこに目をつけているんだ。」とまくし立てられる。
だから私はこのときはいつも少し離れて、Kさんに負けるものかと必死に獲物をさがしているのである。
Kさんの現在の職業は定かでない。春と秋に15日ずつほど送電線の鉄塔の草刈りに行っている以外は主だって仕事をしている気配はないようである。冬以外は山にいっているか畑仕事しているかいずれかである。私はKさんから山のみならず野菜の作り方もだいぶ教わった。私は最初から無農薬有機栽培をやっていたがKさんも基本的には農薬や化学肥料を使わないようにするやり方であり学ぶべきものは多かった。200坪ほどの畑をきれいにしきり30種類以上の野菜や果実を作っている。ハウスで育てるもの、棒に這わすもの、ネットをかけるもの、敷きわらを引き詰めたもの、鉢ものなどみごとに整然と畑を形作っている。そして訪問者が来ては畑を案内し作物についてのうんちくを語り始めている。ひとが興味津々と眉をひそめるのを楽しんでいるようである。そしておもむろにその作物をもぎとりおしげもなく訪問者にふるまってしまうのである。けしてその場で見返りを要求しない。もちろんお金など置いていこうとしても受け取ることはない。それがひとつの美学であるかのようである。一方「ちょっとその糠がらくれないか」とか「あの種わけてくんねえか。」とかずばずば要求してくることがある。私はこの間野菜をいただいた手前「それならば」と言うことでひきうけてしまう。「あーこれがKさんの物々交換の論理なのだな。」と気づかされる。Kさんはこうして必要最低限のお金しか持たず暮らしていっているのである。都会の人にはなかなか理解しずらいところだろう。お金だけでしかものをみれない人にはちょっととまどってしまう。都会ではお金なしでは生きていけないが、ここではお金無くても大丈夫ですよということを実証しているのである。
Kさんはもう都会へ戻ることもなかろう。定職につけばもう少しこぎれいな服をまとうこともできるだろうが、おそらくそんなことはないであろう。春になればいつもの通り山菜取りに奔走し、畑仕事に精を出し、野菜を振る舞い、要求する。冬になれば体力を消耗しないように家にこもり、あたたかくなるまでじっとたえしのぶ。ずーと変わる事がないだろうなあ。

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