自宅近くから韮崎市街地方面に出現した虹。副虹といわれる外側の虹もみえている。
夕方、自宅より、韮崎市街地へ買い物に降りていく途中で虹を見た。 きれいに半円状に描かれた、見事な虹だった。 何かいいことが起きるだろうかと予感させるものであると勝手に解釈したのだった。 「虹は何か希望をあたえてくれるもの」と誰でも考えることと思います。 けれども、何も起こらなかった。 虹とはいったい何者なのだろうか。

目次

虹が出来る仕組み

虹が出来る条件

虹(にじ)とは、光が大気中に浮遊する水滴の中を通過する際に屈折・反射することで様々な色が見られる現象。気象現象の中でも大気光学現象に含まれる。

虹は赤から紫までの光のスペクトルが並んだ円弧状の光である。一般には大気中の水滴がプリズムの役割をし、太陽の光が分解されて、複数色の帯に見える。雨上がり、水しぶきをあげる滝、太陽を背にしてホースで水まきをした時などによく見ることができる。なお、月の光でも虹は見られる。

主虹は、「太陽」-「プリズムとなる水滴」-「観察者」のなす角度が40~42度となる位置に見られる。このため、虹は太陽の反対側に見られ、太陽が高い位置にあるときは小さな虹が、夕方など太陽が低い位置にあるときは大きな虹が見られる。また、副虹は、「太陽」-「プリズムとなる水滴」-「観察者」のなす角度が51~53度となる位置に見られる。

虹[WikiPedia]

虹という言葉の意味

English

rainbow 語源 rain(雨)+bow(弓)
  幻の目標という意味にも使われる。
   chase (after) rainbows はかない夢を追い求める
   at the end of the rainbow かなわぬ夢で

goo辞書

French

arc-en-ciel

「空に掛かるアーチ」の意味。

ギリシャ

iris

ギリシャ神話の中に、イリスという虹の女神が登場します。その女神は、鮮やかな衣を着て、金の翼を持ち、神々の使いとして虹の橋を渡って天地を行き来するそうです。 この虹の女神は、数々の神話において、大地と天界との間にかげられた橋を体現している。

参考 イーリス

日本

「虹」という言葉の語源は、虫偏がついていることから、蛇という言葉と関係しているのではないかと言われている。古代中国では、虹の出没している姿が、 大蛇 ( 龍 )が天に待っているというように見える為、このような虫偏をつけ、それが日本に伝えられたといわれる。 「虹(こう)」は雄で明るい主虹、「蜺(げい)」が雌で外側の薄い副虹とされる。 字の「工」という所は天と地を結ぶという意味があり、虹は天と地を結ぶ虫(蛇)=龍神という事になるといわれる。

参考 「虹(にじ)」 の由来

虹にまつわる古の話

虹と蛇

前述にあるように、「虹」という字と「蛇」という字はともに虫偏になっており、古代中国では、虹は空に出現する蛇=龍と言われている。また、蛇は虫であるとされていたため、虹も蛇も虫偏がついている。龍は蛇をもっとダイナミックにしたものであると認識されており、虹の出現している様は、虹霓(こうげい)と呼ばれる雌雄の龍だとされていました。虹が雄で、 霓が雌。 雨によって天地が結ばれ、龍が水を飲みにくるときに虹が出来るそうです。

この、虹と蛇=龍を結びつけて語り継がれている話は、全世界でみつけることができます。

「虹を指さすと指や手が腐る。切れて落ちる」
そう言われているのは、主に沖縄地方でなのですが。日本本土でも、広く「虹が出たら、手刀か鎌で虹を切る素振りをすること。さもなくば虹に追われる。」と 言い伝えられている地域もあります。さらに、 沖縄では、虹は雨呑み者(アミヌミヤー)と呼ばれる赤まだらの蛇だとされていました。このアミヌミヤーが天の泉の水を飲んでしまうため 、旱魃の前兆として、忌み嫌われていました。

参考 虹を指さす禁忌の話

このような事から、「虹」が必ずしもポジティブに語られてきたのではないようです。

ところが、虹が龍であると、たとえられることにより、下記のような、ポジティブなイメージで捉えられている話もあります。

虹はスピリチャルなもの

龍の化身としての意味合いだけではなく、7つのチャクラを意味しているとも言われています。チャクラとは、体の様々な部分にあるエネルギーの入り口の事を良います。人はチャクラを開く事で、外界と体内のエネルギーを入れ替えます。これを浄化というのですが、虹にはこの時に必要な7つのチャクラの色が揃っており、その為スピリチュアル的に虹には浄化を意味するサインがあると言われているのです。
虹には非常にプラスのサインが多い 「人が後ろ向きになりそうな時に、そのマイナス思考を捨て勇気を持って進んでください」というものです。

スピリチャルメッセージ[ アマテラスチャンネル49 ]

虹の島ハワイ

ハワイは虹が良く見られる所として知られている。北太平洋に浮かぶ絶海の群島であるがゆえ、特異な気象条件が合い重なってそういわれるようになったと思われる。

ハワイの人々の暮らしと、虹は密接に係わってきた。虹はハワイ語で「アオ・アクア」または「(ワイ)アーヌエヌエ」と呼ばれます。断片的な虹はオーノヒと呼ばれるほか、数々の虹に関する、言葉の表現の仕方があるようです。ハワイでの名言として「No Rain, No Rainbow !」は直訳すると、「雨が無ければ、虹もない!」ということで、否定形をひっくりかえすと、「雨があるから、虹もある!」、つまり、「悲しいことがあるからこそ、その先に希望が待っている。」という、励ましの言葉として使われる。

また、虹は、 ハワイの伝統文化において、 神々や首長の徴(しるし) として、 高貴で神聖なものである 物として考えられており、 多くの神話が創られています。

参考 虹の形と神々の物語 参考 ハワイに伝わる、虹にまつわる素敵なことわざ

神と人間との契約の証が虹となって現れる

「さらに神はいわれた。「あなたたちならびにあなたたちと共にいるすべての生き物と、代々とこしえにわたしが立てる契約のしるしはこれである。すなわち、わたしは雲の中にわたしの虹を置く。これはわたしと大地の間に立てた契約のしるしとなる」」(『創世記』9、12-17)。

この文章は、ユダヤ教とその後に引き継がれた、キリスト教の中で、述べられてきた、虹というものの神秘性について語られている。 虹は、神が、再びこの地に大洪水を起こして地を滅ぼさないことを含めた、契約の印として、ノアの洪水の後に、雲の中に立てられたものとしている。このことは、ユダヤ教、キリスト教における世界観を表しているとされ、ノアの洪水後、今に至るまでの人類と神との契約の証として引き継がれている。

参考 虹に関する教え・思想 / ひかりの輪の聖地巡り

虹の根元にたどり着くと、幸運が宿る

ドイツでは、虹の根元には金のカップがあるとされています。「虹は水を飲みに天から現れ、虹が水を飲んでいる間に虹 の根元に辿り着ければ、そのカップを手に入れることができ、一生、持ち主に幸運をもたらし、手放すとたちまち不幸に見舞われる 。」ということが伝えられています。この話は、誰でも思いつきそうな事であり、他のヨーロッパの国々や、日本においても同様な事が伝えられているようです。

参考 天かける橋ならぬ蛇?──虹にまつわるお話

虹というもののイメージ

虹のイメージは、悪いものもあれば、よい事にたとえられるものもある。時代ごとにも、地域ごとにもいろいろあります。
 虹がかかった空を見上げたときに、「何色もの色の線が重なり、浮かんでいる。」という様は、この世のものと思えない、何か神秘的なものであると思わざるを得ないのは、皆が素直に認めざるを得ないことだと思います。
 単なる、自然現象であると、言い切ってしまえばそれまでのことでありますが、想像豊かな、古代の人々は、良くも悪くも、思いを、詩や、文章や絵画にしたためていた。
  ですから、虹は、スピリチャルなものとして、今日まで、崇められてきたのだろう。
「虹とはこういうものだ。」と決め付けずに、個人個人が想像を働かして、イメージするのが楽しいと思います。

Poem 虹の絵

虹の絵 by 息子
薄明るくなった、空を見上げてみる。
大きく、アーチを描いた虹が、架かっていた。
胸の鼓動を抑えながら、
どうぞ、そのままの姿で、止めていてほしいと願いつつ、
カメラのシャッタをきる。

つくづく、「虹というものは、生き物なのだなあ」と思いさせられる。
いくら、追いかけてみても、つかまらない。
影ふみのような、幼き日々を思い出す。

「いったいぜんたい、どこから伸びていて、どこにおさまっているのだろう。」

そのうち、空のかなたに吸い込まれるように、小さくなり、
あっけなく、消えて無くなった。

縄文の人も、はるか、海のかなたに暮らす人も、
この光景を、こころに、どう巡らせたのだろう。

私はというと、
「何かいいことがあるような?
でも、何も起こらないだろうなあ??
いや、いつかはなにかおこるだろう?
そう、思うことにしよう!」

おもわず、天に向かった、そうつぶやいていたのだった。

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